しかし、あんな僻地のサイドに連邦のV作戦の基地があるんでしょうか?確かにシャアは偵察を命じたのである。
シャアは艦隊司令の役職にあったから、艦隊に命令する権限がある。その彼が、作戦終了時に補給を必要とするぎりぎりの状況にあっても帰還よりも優先すべき事項があった。サイド7への偵察である。
戦いとはいつも二手三手先を考えて行うものだ。とドレンにうそぶくシャアが偵察の目的を二次、三次の複合構造で考えていない筈がない。作戦の最低限の目標とは、最優先の目的である。それが叶わない時には、第二、第三と設定する。そしてどういう時に作戦を中断するのか、どう撤退するかまで構想して命じているのである。
間違いなく、目的は情報収集にある。求めるのは情報の質。クラスBの100の情報はクラスAのひとつに如かず。数は質の後でよい。
それがあって初めて正確に敵戦力を分析する。エンジニアたちに技術レベルを詳細に推測させられる。こういった情報があって初めて戦略が立てられる。
だから情報入手において、開発中の新兵器を破壊するのは必須ではない。破壊は作戦には含まれない。破壊が目的ならそう命じる。偵察という名目ではどうやらそれが伝わらなかったらしい。
恐らくそうなのだろう。でなければジーンが破壊工作に打って出た理由が分からない。彼の行動は、明らかな命令違反である。だが通信記録を見る限りデニムがそれを強く抑止した形跡もない。デニムまでもが現場の判断でそれを是としたのだ。
偵察だけならザクを持ってゆく必要はない。わざわざ発見される確率を高くする。写真撮影だけ済むなら生身のまま侵入しても可である。
確かに投入できる特殊部隊はなかった。だがそれならシャア自らが行けば済む話だ。実際、後日、彼自身が侵入して情報を得ている。
ではなぜわざわざザクでの出撃を許可したのか。既に物資が不足している状況で、長期的な偵察行動は難しかった。よって短期間のうちに侵入し偵察し脱出する必要があった。その為には強襲し混乱の中で、可能なら部品や機体を分捕る、これがベストと考えた。
シャアの意図はそこ迄で、敵防衛隊に対してもザクがあれば対抗できる、それでも、新人であるジーンを出撃させたのである。そう難しい作戦とは考えていなかった。
だが、戦地で興奮したのか、ジーンは敵施設を破壊するのに熱中してしまった。シャアの意図を完全には理解していなかった。デニムでさえ理解に不足していた。戦場は臨機応変とはいう。しかし、それを的確に出来る者は少ない。
あれが戦艦に搭載されたら大変なことになります。ジーンのこの指摘も、シャアはそんな事を考えてはいなかった。これは単機、二機の問題ではない。連邦も戦艦に載せるくらいは考えているだろうよ。当然だ。問題はどういう載せ方をするか。それが何機になるかだ。アバオアクーへの反撃はある。そこを読み違うと防衛が立たない。
V作戦の情報収集とは、開発中の兵器にどのような戦略を盛り込んでいるか、それを見極める事だ。どのような能力を与えているか。連邦が量産間近ならここで一台二台を破壊しても仕方がない。
通常、軍隊では上官の命令もなく勝手に動けば、軍法会議である。それは如何に愚鈍な上官の命令であってもである。これに叛意する事は人道に係わる戦争犯罪行為でない限り認められない。
上官以外の命令を受ける事も許されない。軍隊とは厳密に結びついた命令系統だから、もし無能な上官がいても、それは軍組織の問題であって、作戦上の問題ではない。
ジーンはどうやらシャアを真似しようとしたらしい。ジーンがシャアの何を知っていたかは不明だが、シャアが命令違反で出世した訳ではあるまい。だが、噂には尾鰭がつく。
軍がそんな事を許すか、それさえ疎かになってきている。ジオンの新兵教育はここまで劣化してしまったのか。シャアはそう思わざるを得なかっただろう。軍は大人の遠足ではない、わたしは幼稚園児を引率する先生ではない、そう思ったであろう。
ジオン全体が急速に衰えつつある、それをシャアは自覚したと思われる。この状況はまずい。そしてV作戦は連邦にまだ反撃する意志がある事を示している。
確かにシャアは作戦を命じた。だが、直接、全員に作戦意図を説明した訳ではない。自分が付き添えば結果は変わっていただろう。だが、全ての作戦に自分が参加しなければならないのか。そんな事できるはずもない。
そんな不可能を前に何を後悔しよう。シャアがドレンの前でうそぶく。年上のドレンに気を遣わなかった筈がない。作戦立案にはドレンも係わっている。そしてドレンもまたシャアをきちんと立てる優秀な士官だ。
認めたくないものだな。自分自身の、若さゆえの過ちというものを。今回の失敗は誰のせいにするのか。作戦を立案した部下でも、人選をした部下でも、戦死した部下たちでもない。勿論、シャアでもない。
今更一台二台を破壊する事が戦局に影響する訳がない。この当たり前の事を兵たちにきちんと説明しなかったのがシャアの落ち度なのか。
どこの世界に艦隊司令官みずからが、偵察の根本をこと細かく説明するか。もう少し説明する事は出来ただろうが、それが落ち度か。
ジーンが突出したのはどこかでシャアを嘗めていたのだろう。その理由がシャアの若さなら、シャアを艦隊司令官にした人事局の瑕疵だ。そんな事まで知った事か。軍全体が衰えつつある。個人の力でどこまで抗えるか。
シャアがもう少し年配者だったら、この作戦は上手くいったのだろうか。どうもそうとは思えない。それならそれで別の何かが起きていただろう。そうして似たような失敗をしていただろう。ともあれ、この作戦はシャアによって命じられ、シャアの名で実行された。
自分が舐められたのが若さ故なら、すべては自分の若さゆえの過ちだ。さっさと二階級特進でもしてやってくれ。
モビルスーツの性能の違いが戦力の決定的差ではないということを教えてやる。だが、この失敗をそのままにしておく事はできない。新型モビルスーツの性能を知る事、更には部品を入手し連邦の生産工場を突き止める事、そこを破壊する事。
サイド7に侵入したが写真撮影だけでは足りない。実際に攻撃をかけてみる。そうして情報を入手してゆくのだ。戦力の決定的差は、装備にあるのではない。情報の差だ。
そうして、戦闘の結果は散々なものとなった。得られた情報は余りにも彼我の差を見せつけている。
当たらなければどうという事はない。どうやら連邦は戦艦と同等の戦力をモビルスーツに詰め込んだらしい。重装甲に高エネルギー砲を搭載させている。このエネルギー供給システムはどうなっているのか。
確かにアムロはシャアを倒す事はできなかった。当たらなければ倒せはしない。だがアムロを倒す事も出来なかった。
当たっても倒す事が出来ない。こんなものが実戦に配備されたらザクでは対抗できまい。
20分後には大気圏に突入する。このタイミングで戦闘を仕掛けたという事実は古今例がない。地球の引力に引かれ大気圏に突入すれば、ザクとて一瞬のうちに燃え尽きてしまうだろう。しかし、敵が大気圏突入の為に全神経を集中している今こそ、ザクで攻撃するチャンスだ。第一目標、木馬、第二目標、敵のモビルスーツ。戦闘時間は2分とないはずだが、諸君らであればこの作戦を成し遂げられるだろう。大気圏でホワイトベースに攻撃をかけるとき、シャア自身が作戦について全員を前に詳細に説明する。同じ失敗はしない為である。
シャアは連邦の戦艦が大気圏に突入しようとしているのに驚いていない。シャアはザンジバルの存在を知っていた証左だろう。
とは言え、ジオンよりも先に実戦に投入した。それがどこへ向かうのか。なぜ地上に降りるのか。
シャアはこの時、兵士たちには破壊を命じている。そう説明する方が兵たちが余計な誤解をしないで済む。破壊すれば部品を入手できる。その為に自分も戦場に出る。
ザクには大気圏を突破する性能はない。しかしクラウン、無駄死にではないぞ。お前が連邦軍のモビルスーツを引き付けてくれたおかげで撃破することができるのだ。死にゆく兵に向かって作戦は失敗だとは言える訳がない。言葉を掛けながら、シャアは明晰に次を考えていた。
連邦の意図は何か。案外、シャアを引き付けておくための囮かも知れない。だが、それを承知しても追跡を止める訳にはいかない。最終的には連邦の生産拠点を叩く必要がある。
戦争の最後は数が決定する。それを支配するのが情報なのだ。
シャアは地上に下りた。ジオンは連邦の反撃作戦を掴む必要がある。その為に連邦の深部にまで入り込もう。シャアと同じ目的で動いているジオン軍人なら何十人もいる。
連邦としては、それこそが目的であった。ジオンの有能な軍人の目を地球に引き付けておく。例え地球上の基地が破壊されようが構わない。ジオンが地上基地への大規模侵攻する。V作戦の本当の目的は、そこにある。最新鋭のモビルスーツが拿捕されても構わない。プライオリティの最上位はそこにはない。
一握りのエリートが宇宙にまで膨れ上がった地球連邦を支配して五十余年、宇宙に住む我々が自由を要求して何度連邦に踏みにじられたかを思いおこすがいい。既にスペースノイドという新しい人種が生まれている。生まれて死ぬまで宇宙で暮らす新しい世代が生まれている。
そういう者にとっては地球とは重荷であろう。帰ると言う時に地球ではなく宇宙を想う者たちがいるのだ。
それはシャアにもザビ家の人にも、ジオンの人にも、宇宙移民の人たちにも当然の事であった。ならばこの独立戦争は何なのか。宇宙資源の採掘権を巡る争いである。
地球から見れば資源採掘の中心が宇宙に移る事は避けえない。その時に何の権益も持たないなら地球は立ち枯れる。故に地球政府の中心も宇宙に移る事は必然ではないか。故に、それを隠し通さなければならない。今は未だ。
においだな。キシリアの手の者か?シャアはこの先でジャブローの奥深くにまで侵入する。彼はそこを何らかの拠点と見た。左遷とされているが、実際にはコンタクトがある事も、その先で情報部として活動する事も。ジオンが必要とするものが何であるか。シャアはそれを良く自覚していたから。
戦いはこの一戦で終わりではないのだよ。考えてみよ、我々が送り届けた鉱物資源の量を。ジオンはあと十年は戦える。何時の時代も、戦線を拡大しようと試みる連中はいる。時に政府の命令や条約を無視してでも。だが、彼らも軍紀には何ひとつ違反していないと主張する。
そういう者たちを銃殺もせずに重用する。名誉の戦死をさせてやる。そういう軍は政府の枷を無視し先例に続こうとする。
そうして軍は突出し、政府は制御を失い、遂には軍規も失われ、末端で兵士たちがどれほど労力を費やしても倒れてゆく。軍規はそれを防ぐためにある。
ガルマ、私の手向けだ。姉上と仲良く暮らすがいい。シャアは結局は失敗した。連邦の反撃を食い止められなかった。彼の直観は地上を指していたが、実は宇宙にあった。それに気づいた時にはもう遅かった。
シャアに打つ手はなく、ただひとりの兵としてパイロットとして戦争に処した。
それでも最後にキシリアを討った。彼の目は既に戦後を見ていた筈である。ジオンは敗戦した。しかしスペースノイドの独立運動がここで潰える訳ではない。
地球政府は宇宙に拠点を持った。それと対抗するには、その秘密を深く探る必要がある。
その為にはザビ家のジオンが残っていては不都合がある。自分もここで戦死する事になるのだ。わたしを良く知る者が生き残っているのはまずい。
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