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2011年3月1日火曜日

迷惑な進化 - Sharon Moalem, Jonathan Prince, 矢野 真千子

はじめに

右も左も知らない人の本を買う時は中身を少し読んでから決める。それで幾つもの失敗もしたが、本書は成功した運のいい部類だ。本書は、クリントンのスピーチライターも手を貸した上に日本語訳もいい。そしておじいさんの奇妙な病気の話で一挙に吸い込まれる。

読んでいけば分かることだが、本書は十分には科学的とは言えない検証不足のお話や、噂、願望、推測、伝説のような話もごっちゃまぜで語られている。全て信じるには値しないが、今の自分が持っている概念や価値観がお寺の鐘のように揺り動かされ、ゴーン、ゴーンと鳴り響くのはこういう本を読む楽しみだろう。

そして、未来の人は、こういう話が当たり前になってもうこの話では楽しめないだろうが、また、その時代、時代の別の話で鐘が鳴り響くことだろう。


血中の鉄分は多いほうがいい? - IRONING IT OUT

血中に鉄分が貯まりやすい体質の人がいて、そのような人にとっては瀉血は効果的な治療法であるという個所を読んで、なぜモーツアルトが瀉血をしていたかが得心できた。当時の治療法には、こういう歴史もあったわけかと。また、そういう体質の人が何故ヨーロッパに多いのか、それはペストと関係する。何故、ペストと鉄分なのか。

今の人は、誰にでも彼にでも効果ある治療法じゃないと言うかもしれないけれど、今日病院でもらってきたその薬が瀉血とどれだけ違うものかなんて今の我々にはわかっちゃいない。

四〇年後にかならず死ぬと決まっている薬をあなたが飲むとしたら、その理由はなんだろう。答えはひとつ。それはあなたが明日死ぬのを止めてくれる薬だからだ。(CAHPTER 1 P24)


糖尿病は氷河期の生き残り? - A SPOONFUL OF SUGAR HELPS THE TEMPERATURE GO DOWN

例えば肥満体質の人は氷河期には有利であったろう、という事はこれといった教育など受けなくとも想像できる。食料の少ない(であろう)氷河期に効率よくエネルギーを蓄積できるのは生き延びるのに有利な能力だろう、と。しかし、糖尿病の成りやすさも関係するとは思い至らなかった。それは単にエネルギーを貯め込むだけではなく寒さから身を守る能力でもあるのだという。

そして新しい病気や捕食者、新しい氷河期などがあらわれて、個体集団を全滅させるほどの突然の環境変異が起きたとき、自然淘汰は生き延びるチャンスを高めてくれる形質に一も二もなく飛びつく。 (CHAPTER 2 P71)


コレステロールは日光浴で減る? - THE CHOLESTEROL ALSO RISES

皮膚の色は、太陽光線との折り合いから決まったと言う話は知っている。これはビタミンDの生成と関係しているという話だ。で、ビタミンDの原料はコレステロールだから、肌の色とコレステロールは関係している、という話。

で更には日光はビタミンDを作る為には必要だが、ビタミンB9を壊してしまう矛盾。ビタミンDのためには日光が欲しいのに、ビタミンB9のためには欲しくない。住んでいる場所で日光の強さは、強かったり弱かったり。これに体はどういう回答を用意したか。

アフリカ系アメリカ人に高血圧の発症率が高い理由を、僕たちの恥ずべき歴史の一時代に見出したものがある(CHAPTER 3 P89)


ソラマメ中毒はなぜ起きる? - HEY, BUD, CAN YOU DO ME A FAVA?

毒の定義をさておけば、食べられる植物も食べられない植物も大量の化学物質を生成している。その幾つかは食べられてくないからだ。

そしてソラマメ中毒症になる遺伝子変異をもつ人は世界に四億人以上いる。つまりその人たちは、ソラマメ中毒症よりも致死的な何かにたいして有利な点をもっているということになる。(CHAPTER 4 P116)


僕たちはウィルスにあやつられている? - OF MICROBES AND MEN

人間は自分の意志で動いていると信じている。だが、ハリガネムシがカマキリを操り水辺まで連れていく宿主操作の話を聞いたことがあれば、人間の意志も当てになるか、と訝るのも悪くない。

夜の蝶に引き寄せられて今日も街に繰り出すのだって、自分の意志と言えるのか怪しいものだ。

分泌された酸で「火傷」を負った人間は、冷たい水を浴びたくなる。メジナ虫は水を感知するやいなや、白い液体を吐き出す。(CHAPTER 5 P124)


僕達は日々少しずつ進化している? - JUMP INTO THE GENE POOL

DNAをパソコンに例えれば、それはOSのCD-ROMに例えることができる、と思っていた。しかし、実際は、ジャンピング遺伝子と呼ばれる仕組みがあり、環境の変化で組み換えが起きる事が確認されているそうである。

これは、どうやらDNAとは、CD-ROMに焼かれたソフトウェアというよりもそれ自身がプログラミング言語であると言えそうだ。しかも、状況によりコードの組み合わせを自発的に変えることができると言うのだ。

システムに興味のあるエンジニアであれば、遺伝と免疫というメカニズムは、ひとつのお手本になりうることに異存はないだろう。

世界で動いているコンピュータの全てのコード量を算出する事は難しいが、例えば、グローバルIPアドレス×LAN内のコンピュータ数×コード量で概算できなくもない。

まぁそれで億とか兆になるんだろうが、そこで動いている様々なコードは全て数百個の基本的な命令の組み合わせに過ぎない。その命令セットの組み合わせでそれを超える遥かに多様なサービスを実現していることに似ているのだ。


親がジャンクフード好きだと子どもが太る? - METHYL MADNESS: ROAD TO THE FINAL PHENOTYPE

コンピュータのソフトウェアが外部から指定されるパラメータによって振る舞いを変える仕組みがあるように遺伝子にもそのような仕組みがある。それをメチル化と呼ぶそうだ。

それは生まれた時にもONかOFFの値を取っているが、生きながら時にはONとなり、時にはOFFとなるのだ。

もしかしたら、生命は遺伝子の乗り物に過ぎないのかもしれない。しかし、車が故障して走らなくなれば困るのは遺伝子であると仮定すれば、それはその時点で全面的に生命の側に屈服する。自分が次世代に繋がるためには全力で今の乗り物である生命に仕える執事とならざるを得ない。

遺伝子の持つメカニズムは、その触りを知るだけでも生命を限りなく今を生かそうとする姿勢に溢れている。

遺伝子があることと、その遺伝子が機能することは別なのだ。(CHAPTER 7 P189)


あなたとiPodは壊れるようにできている - THAT'S LIFE: WHY YOU AND YOUR iPod MUST DIE

癌は恐ろしくてメカニズムのとち狂った病気だが、これと同じメカニズムが発生の時には必要だと聞いた事がある。氷河期には有利であった形質が、現代では病気のリスクとなるのと同じように、我々の体は、ある時には必要であったり重要であったものが、ある時には致命的になる。長所は即ち欠点である、という言葉が思い浮かぶ。

死がプログラミングされた終着点であるかは分からないが、ほとんどの生命体が死に至るには理由がある。だが、それはおそらく遺伝子の都合であり、自分がもらった遺伝子は最後まで生命を生かそうとするのだろう。その限界が物理的な要請か、メカニズムからの限界かはわからないが、それでもいつかは死に至る。適うならば新しい命がそれまでの全ての過去を背負って次を継いでゆくのだろう。

前提となっているのがすべて狩りをする男にとっての有利な進化だなんて、こんな説は間違っているに決まっている。(CHAPTER 8 P235)

原題: SURVIVAL OF THE SICKEST