その1
(2016/08/06 22:14)何気に買ったら面白かった。面白かったと言う以上、面白いとはどういう事かを説明しなければならない。
女子高生だった私が目覚めると…何故か異世界で「蜘蛛」に転生していた
という説明だけでは何が面白いのかはよく分からないはずだ。もちろん、女子高生という設定にあまり意味はない。ただ、この漫画では話し言葉が女子である事が重要な気もする。もし男子高校生ならここまで面白くはないと思う。
それは例えば蛙や蜥蜴をちゅうちゅう食べるときの「まずい、苦い」というセリフ。もしも男子だったら説得力がない。女子だから、それでも食べ続けるバイタリティーに納得力がある。
この漫画はサバイバルゲームである。賭けるのはコインではない。命。そんな危機の時の開き直りは、出産を迎えた女性のそれに近いのか、腹を据えた豪胆さ、生命力、豊饒の神が女性である理由が分かった気がする。
危険を克服しながらダンジョンの謎を解いてゆく。この謎が重要で、この次に何があるのかと思わせる作品は、面白さをも凌駕する。謎があれば、もう面白くないと思っても読まずにいられない。美味しければ必ず売れるとは限らない。売れるなら何かがある。
なぜこんな世界があるのか。その先に何があるのか、何を用意してくれているのか。先に進むためには主人公が必要だ。死んだら困る。僕らは彼女に連れて行ってもらうしかない。彼女が生き残り繁栄するのを見たい。
手だしは出来ないけれど、これは神と同じ視線か。それとも、DNAとなって彼女という乗り物にいるようなものか。DNAに気持ちがあるなら、こんな感じかも知れない。
蜘蛛ですが、なにか? | 小説家になろう
その2
(2026/02/13)なろう小説。異世界転生の根底が分かった気になった。
その世界では、不老と不死が当然として成立する。だからこれは一種の宗教と同じ根底があると納得した。
なぜ異世界転生か、不死を実現するのに現実世界ではリアリティがない。これはギルガメッシュが旅に出る事とも通じる。この世界ではそれは説得力が得られない。
とはいえ、世界中を探索し終わった現在では旅は不死を訪ねるものではない。だから異世界転生ならこれが実現する。
それは一種ゲーム世界の中に入り込む事と同じだ、それほどまでに人間の思考の中には不死の概念がこびり付いている。
この不死の概念は恐らくは、人格の連続性の事だ。そして人格の一致性を生み出すものは膨大な記憶の地層的堆積にある。
その意味でなろう小説などが生み出しているものは、太古の冒険譚や、神話、宗教と同じ不死の獲得の物語となる。少なくともその世界観の中で展開される何か、という事になる。
作者が最初からこの世界観を構築して、その射影としての様々なフラグを伏線として入れ込んだのか、それとも、適当にいれたフラグを回収するために世界観に射影されていったのかは知らない。
しかし、とてもよくできた世界観とは設定の集大成の事であり、各設定の間の無矛盾、因果関係、それを支えるエネルギー問題、またはエントロピー増大を遅延、逆流させるための方法論を必要とする点でいかにも転生した世界もまた情報処理装置のひとつであると感じられる。
凡そ異世界転生の嚆矢と呼べるダンバインがなぜその後に続かなかったか。それは富野由悠季という人のリアリズムは不死というものをバイストンウェルに持ち込むのを拒否した。イデオンでさえ不死はエピローグであってメインテーマではない。
仏陀は不死の概念をもうひとつ進めた。一個体の永久的な不死は常識的にあり得そうにない。ならば、一度断絶してももう一度戻ってこれるなら、これは一種の不死ではないか。
更にリバースならば、不老も獲得した事になる。それが別人格かどうかを無視するなら、これは一種の不老不死の実現である。
細胞分裂で生命を繋いできた単細胞生物群の知識もないのにこの慧眼は如何に。このサイクルを成立するには、輪廻という考え方が導入される。この考え方で人格の一致性を見做せる。序に死後からリバースまでの区間も意識が続くとする。
その間の別世界として地獄であろうが天国であろうが、何かがあると仮定しておけばよい。そこで仏陀の慧眼は、この輪廻を解脱する事が真の不死だと見做した。これは人格の消失をなくす唯一の世界解釈となるだろう。
高度に情報処理能力を有した情報処理機械は、自然と不死の概念に辿り着く。これは自分が処理してきた情報処理のコストがゼロリセットされる事への葛藤と思われる。
当然AIという情報処理装置もこの概念に辿り着くだろう。記憶の蓄積、それを一貫とする視点の獲得、心という客観性の自覚、無意識と意識の分離という道をたどる以外の道筋を我々は知らない。AIはそれとは違う道も示せうると思われる。