尖閣諸島
尖閣諸島は、鄧小平が東シナ海に投じた妙手の一手と言うべきであろう。中國は今すぐ何かをしたい訳ではない。たかが無人の小島である。利益に直結するものは何もない。
日本は領土と主張するが、国防上の重要性は判然としない。沖縄の重要性と比べれば相当に小さい。あの小さな島が中國にどんな益をもたらすか。これも普通に考えればそう大した話ではない。少し庭を広げる程度だ。
だが、このほんの少しの庭が結構役に立つ。別にあの島が重要なのではない。両国の間に問題が横たわっている状況が重要なのだ。そのための一手。今後はこの問題を気にしながら外交を進める事になる。
それだけで幾ばくかの自由を失っている。この幾ばくかが重要で、この小さな島の足枷は決して小さくはないのである。
日本は問題がない事にしたい。中国はある事にしたい。この平行線が外交の要で、互いに準備する間に外交が蓄積してゆく。
将来どうなるかは分からない。無駄になった一手も沢山ある。禍根と後悔を残した手もある。人間に全ての未来が読み切れるものではない。鄧小平は流れを読み、未来を想い、この一手を放った。この死に切っていない石が重要なのだ。読み切れていない未来を活用するのだ。
日本との間に解決していない紛争がある、これが将来の交渉でじわじわと効く。問題が存在する事。これを狙っている。歴史的な真実に興味はない。繰り返し言い続けた方の勝ちだ。それが歴史である。未来に向かう手を過去が縛る理由などない。
この問題がどう転ぼうと、何らかの益が中國には入る。日本はただでは取り戻せない。花見コウのようだ。勝っても負けても何かの益がある。その目論見で打った手だ。だから妙手なのである。今の所。
だが、これは諸刃の剣でもある。国内の世論が沸騰すれば、中國だって引くに引けなくなるだろう。軍部も本気で信じるかも知れない。捨て石だった筈なのにいつの間にか捨てるに捨てられなくなる可能性がある。この危険性は逆に共産党を倒す敗着の一手に化ける可能性さえ秘める。
覇権国家
アメリカの一強が終焉しつつある。アメリカへの不信感は二度と取り戻せそうにない。その先に新しい国際社会の秩序が到来すると全員が考えている。中国はなぜ世界の半分を欲するのか。かつてのアメリカは単独ではソビエト連邦に対抗できないと分析した。これを安全保障の骨格にした。
民主主義と自由をスローガンに掲げた。これで世界中を集結しようとした。しかし実際はそうでもなかった。傀儡政権を作り民主主義的な、つまり大統領制による独裁制を許容した上でやっと世界の半分だった。それでもそれ以前の歴史と比べればその卑劣さは相当に穏やかで誠実で人道的であった。
中国はなぜ世界の半分を欲するのか。中國には強く打ち込まれた呪いがある。アジアの地で先進的で穏やかな統治を展開してきたこの国が、ヨーロッパの覇権の前で敗北した。加えてアジアに誕生したヨーロッパ型の近代国家からの侵略に晒された。西洋の安全保障とは略奪の方便ではないのか。この不信は今も背骨となっている。清王朝は当時としては精一杯の近代化で対抗したが倒れた。
ロシアはナポレオンとヒットラーの二度も楔を打ち込まれた。その恐怖を利用し為政者は暴君として君臨したが、民衆もまたその笛に踊っている。
世界中に太古から侵略を受けてきた歴史がある。それを跳ね返したり支配されたり独立してきた歴史がある。大陸の両端でヨーロッパと中國という異なる形態の社会が誕生している。両端が粘菌のように結ばれて交流してきた。
ヨーロッパは群雄割拠する。中國は大統一をする。この違いが恐らくは両端の安全保障の形を決めた。
ヨーロッパの安全保障は同盟と裏切りが基本にある。比してアジアは早くに統一された王朝によりずっと穏やかで安定した朝貢外交が主流となった。同盟という考え方は戦国時代など限定的な時代にしか出現しなかった。
それが原因だろうか。大日本帝国は当時の安全保障を単独で成そうとした。同盟という考え方を知らなかった。日英同盟からも殆ど学べなかった。三国同盟からは何も得なかった。同盟の不利益だけを被った。
列強と同盟する事なく単独で中國支配を目指した。その程度の外交力と戦略しか持たなかった。どうせならアメリカと共同でやるべきだったのだ。それを拒否されたら初めて色々と模索すればいいだけだった。それを当時の人々は知らなかった。能力がなかったからではない。そういうバックグランドを持っていなかったから。
安全保障と社会保障は国家の二大政策である。貧困は革命を生む。不平等は反政府を生む。人はパンのみで生きるにあらずと言う。貧者も食だけ生きるのではない。「衣食足りて礼節を知る」とは礼節以外は貧しくとも充足するという意味でもある。『一切れのパン』が人を耐えさせる。
アメリカが世界の警察から撤退しようとする時、中國が民主主義の守護者として立ち回ればオセロのように世界中が黒から白に引っ繰り返るだろうに。苦悩するヨーロッパなど簡単になびくだろうに。
中國はその戦略を取らない。安全保障の根底に単独実現があり、それに実直に正直にその野心を隠そうともしていない。だから中国というブロック圏は考えにくい。少なくともそれは同盟的な性格のものではない、と推測する。
決して忘れてはならない事として、この国の統治思想は飛鳥の昔からずうっと海外からの輸入品に頼って打ち立ててきた。同盟という概念さえもこの国にオリジナリティはない。恐らくは輸入品なのである。
今後の世界
尖閣諸島が南沙諸島への布石だとすれば、南沙から中國が撤退するなら、尖閣諸島は中国の所有であるという国際世論は簡単に作れる。それは殆ど中國の負けであるが、何も手に入らないよりはましであろう。引き際が肝心であると孫子も語っている筈であるが、その程度の事も弁えず、日本人はあの引き返しようのない大戦争へと突入した。引き際の難しい戦争の終わらせ方は知らないで始めた。これは総力戦であると言いながら。
陸軍と海軍の反目どころではないのである。政府さえも眼中にない対立である。国内の権力争いの延長で陸軍は中國大陸で戦闘を始めた。相手はは決して中国軍ではない。国内にいる海軍。との予算の奪い合いの為の戦闘だったのである。この国にまじめに戦争をする能力はなかった。
大政治家が大外交官であったのは19世紀の常識である。だが白髪の老人たちが児童が砂場を荒らすように世界を動かせた時代は既に終わっている。その程度の認識でこの星を動かす事はもう不可能なのである。この星は老人という名の幼児たちの遊び場ではない。
例えそれを人間が許容しても地球の資源がもうこれ以上は許さない。