概論
地球防衛軍装備庁は、次期戦闘艦(以下X艦と略す)の要求仕様を決定するために以下の戦闘分析を記す。本報告書にはX艦に求められる諸元と運用方法を記載する。本書で述べる内容は、地球防衛艦隊と地球外生命体侵略戦闘群(G)との衝突から得られた知見に基づく。
本書の構成は、まず従来型の艦隊運用思想を詳らかにし、その戦闘限界をまとめた後に、それを打開する戦術的革新について言及する。
従来型の砲塔配置
邦軍最大の戦闘艦は、三連砲を4基搭載したM式戦闘艦である。搭載している主力砲の仕様は以下の通り。幾つかの資料では上部前方砲は前方構造物の関係から水平発射は不可との指摘があるが、それは資料上の錯覚で、実際には射撃の妨害にはなっていない。
主力兵装。
- 三連装砲
- 左右角十分(-170〜170度)
- 仰角少なし(-8〜8度)
- 口径巨大(2m以上)
配置構成。
- 上部前方(前面向)
- 上部中央(艦橋下前面向)
- 下部中央前面向(前面向)
- 下部後方(後面向)
本艦の主砲には当時の技術で最大の破壊力を得るため開発された巨大臼砲を採用した。この巨大臼砲は、砲身の真後ろにエネルギージェネレータを設置しており射出口と直結されている。開発当時の技術力では発生したエネルギーを曲げる技術がなかったためこの砲塔には仰角を設ける事が出来なかった。これが当時建造された艦船の最大の特徴であるが、これが艦隊運用に与えた制約は強いものであった。
本艦の主な射撃範囲は前面に集中している。臼砲は回転可能であり、左右にも攻撃可能である。
上面から見た射撃範囲。
側面からの射角範囲。
その戦闘モデル
この射撃範囲が示すように、本艦の攻撃面は同一平面上に限定される。そのため、戦闘対象に対して同一平面上に艦隊を配置せねばならず、敵艦隊を常にその平面に収めるように艦隊を運用しなければならない。
敵の航行する面に対して攻撃面が交差するように航行しなければならず、これは自由な三次元空間(つよい重力の影響を受けない)空間では強い制限となる。平面がずれると会敵しても有効な打撃を与えられないからである。
この戦闘モデルでは最初の戦闘は前面に開かれる。次第に敵艦隊に接近し砲撃を集中する。攻撃時間を長く稼ぐため、十分に接近したら敵艦隊と並行状態に移行し、併進戦、またはすれ違い戦を行う。これは回転砲塔であるから可能になるのであって、固定砲台を採用した突撃艦の場合はまた異なった戦闘モデルを採用する。
宇宙空間では、敵の侵入経路は全方面で想定しなければならない。高精度で観測可能な光学観測機器と強固な情報処理能力によって、遠方に位置する敵艦隊を補足する事はそう難しい事ではない。アステロイドベルトや巨大惑星の近くなどを除けば、敵艦をロストする可能性は小さい。
互いに遠方から識別できるので、艦隊戦を行う場合は、敵の侵入経路の頭を押さえるしかない。この点では侵入側が有利であるが、防衛側は防御する空間を限定する事で、敵の侵入経路を予測することができる。
レーザー砲塔は光速なので命中するまで検知できない。これは敵味方に変わらない条件であるから、より強力で長距離射撃が可能な砲塔が重要となる。宇宙空間で戦艦が主力となるのはこれが理由である。ミサイルは足の遅さから百km以内の超近接戦闘で使用される。
レーザー砲は数秒で100万kmを到達するのでその命中率は高い。敵の装甲に命中するとレーザー光線は熱に変換され装甲を溶融、蒸発させる。どの程度のエネルギーで装甲を貫通するかは主に装甲板の材質によるが、これは命中した時の発光スペクトルを分光分析することで解析する。装甲が十分に強化な場合は、命中したエネルギーはその装甲で発光するだけだが、その時も様々な情報を収集する。
いずれにしろレーザー砲に対しては回避運動は効果が薄い。そこで3階層の防御方法が開発されている。一つ目は装甲である。レーザー反射材、高熱耐性によって直撃したエネルギーに対抗する。
二つ目は装甲付近に超電磁気力を施し直撃する前にレーザーエネルギーを錯乱させるものである。これは光の波を打ち消すよう計算されておりレーザー光を減衰する。
三つ目は、艦船の周囲にレーザーの錯乱物質を放出するものである。放出するのは錯乱物質を含んだ水蒸気である。戦闘態勢に入った艦船は船体からこの特殊なスチームを放出する。艦の周囲を煙がたなびき蒸気機関の様相を帯びる。
艦船は、航空機と同じ三つの運動をする。
- ピッチング(pitching):前後軸を上下に振る/左右軸の回転(Vertigal Moving)
- ヨーイング(yawing):前後軸を左右に振る/上下軸の回転(Horizontal Moving)
- ローリング(rolling):前後軸を回転する(Rotation Moving)
主砲に仰角がないため、対象を射撃軸に収めるため以下の個別運動を実施する。
- 前方への射撃:ピッチングによって射撃軸を変更する。
- 側面への射撃:ローリングによって射撃軸を変更する。
G艦隊との会敵は地球人類に新しい技術的知見を齎した。地球で開発したエンジンは光速の 5% が限界であり、かつ、相対性理論による時間の遅れの影響を避ける事が出来なかった。G艦隊から鹵獲した艦船のエンジンをコピーしたものを搭載したF型研究船で人類は初めて光速の10%を超える事ができた。
この新技術は相対性時間の遅れを克服し、地球と同一時間内での亜光速を初めて実現したのである。しかし我々と戦闘するG艦隊には光速を超えられる艦船はなかった。それは亜くまで惑星系戦闘艦であって、恒星間、または銀河団航行が可能な艦船ではなかった。そのため、それらの鹵獲したエンジンを使用しても人類は光速を超える事は出来なかった。
従来型の欠点
前方に敵を捕捉する従来戦は常に敵が進行方向に居なければならない。距離を詰め、最終的には同航戦または反航戦を行う。この時が最大の火力を投入できるので、敵に与える被害も最大であるが、こちらの被害もここで最大になる。
そのため、この戦闘は多くても3回までしか行えない。従来艦はこのような運用を前提として設計されている。
この戦闘形式は、攻撃面に対して常に垂直に艦隊運動をしなければならず、艦隊運動の困難さのため、敵を失期する場合も多い。敵運動の左右を読み違えば簡単に逃亡を許す。
X艦の砲塔配置
その頃に入手した新しい技術により、我々は自分たちの艦船を抜本から設計しなす事になった。我々はここで初めて超光速、銀河間航行を可能とする艦船を建造したのである。X艦はその経験を踏まえて設計しなおす第二世代の艦船である。
主力兵装。
- 三連装砲
- 左右角十分(-125〜125度)
- 仰角十分(-5〜84度)
- 口径十分(50cm)
配置構成:
- 上部前方(前面向)
- 上部前方(前面向)
- 上部後方(後面向)
- 下部後方(後面向)
X艦は主兵装の全てを上部に集中させた。これは従来の艦隊戦思想からの大胆な転換である。
本艦に搭載するエンジンは従来の数百倍のエネルギーを発生する。そのエネルギーを主砲に援用する事で、射程距離の伸長、貫通力の増大、砲塔の小型化を実現した。特に大きな仰角、俯角が射撃範囲に与えた影響は大きい。
上面から見た射撃範囲。
側面からの射角範囲。
新戦闘モデル
仰角の大きさにより、X艦は攻撃面を天球で捉える事ができるようになった。砲塔を上甲板に集中し、上天球を攻撃面とする。この時、下天球を攻撃面としては考慮しない。単艦で全方面を一斉に攻撃する能力は要求項目ではない。
仮に、上部に二基、下部に二基の砲塔を搭載すれば、全球面を一度に攻撃する事は可能である。しかし、これを逆に考えれば火力の半分しか上天球に投射できないと言う事である。敵にとってはどちらかの球面に集結する方が有利という状況である。
単艦で全球面を射撃する場合は、ローリングしながら射撃すれば良い。全天球に敵が配置されているなら、複数艦を腹合わせに展開すれば宜しい。
従来は敵艦隊の展開面を平面として捉えていたが、X艦は球面として捉える。平面から球面への転換が齎す戦術的多彩さ可能性は従来の非ではない。平面をひとつしか攻撃面として設置できない従来艦と比べて、球面全体を戦闘面に設定できるX艦の優位性は相当に高いものである。
二次元から三次元空間へのドクトリン置換は、艦隊の編成にも大きな影響を与える。従来の艦艇は新しいドクトリンの中では配置する場所がない。従来の主力艦は補助艦隊として運用するか独立した別の任務に就航する事になるであろう。
新しい艦隊戦
近接するふたつの艦隊は、互いの侵入経路をお互いの上半球に収納するように運動する。敵艦隊の侵入面に対して、下に潜航するように経路する。艦隊は攻撃面を最大にするため升字型に配置する。
X艦隊では敵に接近するとか、突撃し、すれ違い戦に遷移する事は想定されない。接近する敵から防御する事はX艦の役割ではない。近接した敵艦からX艦を防御するのは補助艦艇が担う任である。
X艦の砲塔は十分な回転と仰角を持つので、常に上位球面に攻撃面を加える事が可能である。これは攻撃の継続性が高く、敵がその面を突破して侵入するのも困難である事を意味する。こちらの火力が十分である間、敵に許されるのは後方への撤退だけである。
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