ひとりの老人に向かってこう語った。
「神はあなたを許します。」
老人が聞いた。
「シスター、あなたには神の声が聞こえるのですか?」
「いいえ。」
老人は訝り更に聞いた。
「シスター、あなたは神の声を聞いた事がないという。それでもあなたはまるで神の御心が分かったかのように私に伝えてくる。」
「あなたがそう語れる理由は何でしょう?」
更に老人は続けた。
「聞いた事もない神の言葉をあなたが神の名のもとに語れるのは何故でしょう?」
シスターは静かに答えた。
「神が許された者に許されていないと伝える事と、許されていない者に許されたと伝えるふたつを比べてみます。」
暫く待ってシスターは続けた。
「そしてどちらがより罪が軽いかを考えてみます。」
シスターの言葉。
「さて人間の間違いを神はお許しになるでしょうか?」
老人は答えた。
「そりゃ神様は人間の過ちは許してくださるでしょう。」
シスターはそれを聞きうなずいた。
「私もそう考えます。だから人間が何を語ろうと神は最後はお許しになるはずです。」
ステンドグラスから明るい光が漏れている。
「よってそれを聞いた人間の心持ちだけの問題という事になります。」
ちらと天井を見る。
「もし私が神の意図を間違えて伝えているとしたら次のふたつです。」
「ひとつはもう許されているにも係わらずまだ許されていないとあなたに伝えた場合。」
古い木の香りのする教会。
「その時はあなたは許されていないのだと信じるでしょう。あなたは最初からまだ許されていないのではないかと怪しんでいたのですから、やはりそうかと考えるのが当然です。」
「それで現状は何も変わりません。あなたが許されていると知るのが少し遅れるだけの事です。」
シスターは老人を見て語気を強めた。
「では許さてないにも係わらずわたしが許されたと言ったらどうでしょう。」
石の床はひんやりとしているようだ。
「あなたは許されたいと願っていた。だから許されたと聞いて喜びます。」
「許されていないと信じた人はそのままの気持ちで神の前に出ます。そして許されたと信じた人もそのままの気持ちで神の前に立ちます。あなたはその時に許されていたと知っておきたいのでしょう。」
正面のクロスからは何も音がしない静けさだった。
「ですからあなたは私と会いそして神の前に立つ迄のわずかな時間だけ許されていたいと願っている事になります。」
老人はかぶりを振った。
「それでは私がまるで馬鹿のようではないですか。」
シスターは優しく言い含めるように語った。
「そうなのです。しかし、それだけが私に出来る事なのです。」
「もしあなたが神の前で実は許されていないと思い知らされたとしてもあなたの罰せられる運命は何も変わっていません。」
「しかしそれまでの僅かな時間、あなたは希望が持てたではないですか。それは私のおかげです。」
そこでシスターはきっぱりと言い切った。
「それで誰も困りません。」
老人は頭を下げて去っていった。
それを見ながらシスターは独り言をした。
「例え神があなたを許していても、次の瞬間には許さないと変わるかも知れませんよ。それは私たちではどうしようもない事でしょう。」
(2006/04/03)
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