子曰 (子曰く)
道之以政 (これを道びくに政を以てし)
齊之以刑 (これをととのうるに刑を以てすれば)
民免而無恥 (民まぬがれて恥ずることなし)
道之以徳 (これを道びくに徳を以てし)
齊之以禮 (これをととのうるに礼を以てすれば)
有恥且格 (恥ありてかつただし)
己の良心は抜道のない蜘蛛の巣のようなものであって、誰もこれを騙し通す事は出来ない。防衛機制がどのように自分の心を満足させるかはこれが故である。忘れたようで忘れ切れるものではない。だから封印する。
心は人を覆い尽くす。だが法はそうではない。法においては誰もが心の中でどう思おうと許される自由がある。故に法では駄目なのだと言う。徳を以って行えば誰も逃れることはできない。どこにも抜け道がないではないかと孔子は言う。
『姦淫するな』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。しかし、わたしはあなたがたに言う。だれでも、情欲をいだいて女を見る者は、心の中ですでに姦淫をしたのである。
人は自分の意識とは関係なく情欲する。そしてそれを知るのは自分のみである。だから生きて行けるのであって、もしそれが許されないのならば、誰が逃れられよう。だから恐ろしい。自分が許せなくなる事に耐えられる人間などいない。誰もが自分は許すのである。
それをあえて説くのは何故か。無理であるなら敵も無理なのである。ならば許せと言う。自分が恥ずかしいなら相手も恥ずかしいのだ。
法の下でなら罪を犯しても自分以外の誰かが自分を罰するだろう。誰かに罰せられるまで待っていればいい。もし他の誰かにではなく自分で自分を律することになれば何処にも逃げ場はない。待っている時間もない。今すぐにこの場で自分を罰しなければならない。それが人に可能なのか。
そういう自分を律する厳しさを孔子は要求しているのだろうか。
もし合法を正義とすれば人はそれに従う。合法ならば恥じなくてよい。正義を恥じる者はいない。法が人に正義を与えるのなら人は良心を鑑みるのに合法であるかどうかだけを基準にするだろう。それは良心を放棄したのではないか。法が全てを網羅できるはずがない。何かぽっかりと見落としているものがある。そこに孔子は着目したのか。
人間にとって正義は恐ろしい。人は正義には従う。だから正義であれば人は悪魔にもなる。正義を手にしてしまえば人間を制止できるものなど何もない。法が人にそういう正義を与えてしまう。孔子は問うのである。正義に対抗できるのは心しかない。もし心が考えることを止めてしまえば、その正義を正義とするものは何であるのか。法にそれを与えてしまうのか。
これが神の教えである、これが神の意思である。この言葉も正義となる。予言者は神なのか、それとも神ではないのか。神は預言者から自由に預言を取り上げる事ができよう、しかし預言者は神から何も取り上げることは出来ない。預言者の言葉は必ずしも正義ではないかも知れない。
人は理由を必要とする。理由があれば人は何でもする。法はこの理由を与えうる。しかし徳も礼も理由を与えない。この違いは何であろうか。
韓非子(法家)が主張したように国家を収めるのに法は必要である。犯罪に対しては厳しい罰則も必要だ。そのことを孔子が知らなかったはずはない。
法には法の必要性がある。犯した罪には予め罰則を決めておく。4000年前のメソポタミアで生まれた時からその必要性は変わらない。
196、もし人が人の息の眼を潰した時は彼の眼を潰す。
197、もし人の息の骨を折った時は彼の骨を折る。
198、もし賎民の眼を潰し、または賎民の骨を折った時は、銀1マヌーを支払う。
199、もし奴隷の眼を潰し、あるいは人の奴隷の骨を折った時は、その価格の半額を支払う。
200、もし人が彼と同格の人の歯を落とした時は彼の歯を落とす。
201、もし賎民の歯を落とした時は、銀1/3マヌーを支払う。
ハンムラビ法典
法があるから犯罪をしないのか。人々が犯罪に手を出さないのは罰を恐れてのことなのか。そうではないだろう。多くの人々は法によってではなく、自らの心によって犯罪を犯さない。法よりも社会からの隔離や追放を恐れる気持ちが強い。コミュテニィに属していたいからこそ治まる。自分が所属するコミュニティが許容するものが人々を律する。
徳も礼も社会的なものだ。社会との関係性の中で存在する。政治も法も同様である。徳も礼も人を信じている。政も刑も人を信じていない。人が恥るのは信じられているからだろう。孔子は自ら律するのには何が必要かを考えていたのではないだろうか。恥じるという人間の心の働きに気が付いたのではないだろうか。
訳
法を制定した所で刑罰で人が律するだろうか。
それならば人は刑罰から逃れたらそれで良いと考えるだろう。
徳を求めて礼を尽くせば人は自らを律するだろう。
そういう人を動かすものは恥という心の働きではないだろうか。
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