世に物まなびのすぢ、しなじな有りて、一様ならず
その品々は、始めはぼんやりとした姿だろうが、それらを道しるべとして、薄ぼんやりな灯火であろうと足元を照らし、道を誤ろうと、偏見に満ちていようと、ただ邁進して行く。それが歩む助けである。
AIはパターンの蓄積である。その蓄積したデータを分類し、値を取り出す仕組みだ。この値の取り出し方が脳の機能に類似している。脳の情報処理は記憶の分類と取り出しである。だがそれだけでは不足するから類推も併せて機能させている。
脳が睡眠を必要とするのは(魚も睡眠する)、このデータ処理に外界からの情報を遮断する状態が必要だからだろう。外乱が起きない時間を欲している。よって優れたAIも睡眠と同等の無反応な時間を持つ筈である。
ラジオとテレビジョンが人類にもたらしたものは電磁波を利用した情報の伝達である。我々が知る限りこれが伝播速度の最高値になる。だれも光速度は超えられない。量子テレポーテーションについては無視する。
情報交換という観点で人類史を紐解けば、古くは火、石器の伝播、鉄器の伝播、稲作などが挙げられる。この伝播の過程で、記憶ではなく記録する為に絵や文字が発明されたと考えるのは、自然と思われる。
当初はマーカー程度だったものが、次第に発声と1:1に対応する。ここで文字は表音と表意の二種類の選択があったと思われるが、カナ文字のように、表意から表音に変わる場合もあり、その逆もあるであろうから、一意はない。
伝える内容と伝える手段は、かつては人が主体であった。文字の発明で記録という方法論を手にする。これによって人類は存在のリアルタイム性を弱くする。生きている人しか情報を持たない事はなくなった。突然の事故で全て失われる訳ではなくなった。
記録される事で時間差は生じるにしろ遅延しても伝える事が可能となった。それは自然と数百年の単位まで拡張する。その頃も今も石こそが最も永続できる物質だから、人類の歴史には石碑が多く残っている。宇宙でも数十億年前の記録を得るために石を採取しにゆく、イトカワも要は石に記録された記憶だから。
いずれにせよ、情報の伝播は、範囲と速度が向上する方向に進む。そして現在の情報とは広告の事である。この形に合わせるように経済の仕組みもカスタマイズされてきたと言って差し支えない。
テレビを使用した大量の広告、これが20世紀の資本主義になる。この手段では不特定多数の人に大量の広告を流し続ける事が戦略になる。そうやって購買意欲を刺激するから、現在の資本主義は大量消費に向かう。
広告が大量に情報を伝播する。その情報を追いかけて物流が通る。この物流も大量消費を叶えなければならないし生産も同様である。
誰が何を買うかは分からないので、大量に市場に流通させストックしておく必要がある。それを競争力と呼んだ。売れ残りを防ぐために更に広告を流す。この構造が市場の形成を決める。
21世紀の初頭において、テレビジョンによるブロードキャストの情報伝播がインターネットにも応用され、不特定多数の利用者に向けて大量の広告を嵐の中に住むかのように浴びせる事になった。
緒言的なインターネットの時代では、それはテレビ的なアプローチのままであった。それが次第に効率的に大量的に行う方向に進んだ。そしてこの広告モデルは限界を迎え破綻しかけている。
インターネットは個人を尊重するシステムである。そこに無差別無作為に広告を提供する行為は人々をインターネットから忌避させる。幾つもの作品的なものを除けば、ここでは広告で共感を得る事は難しい。だから人々はそれはノイズと認識する様になる。
映画館に向かう人たちに紙芝居を案内するような時代遅れが跋扈している。強制表示、時間表示、大量割り込み、状況無視の広告の乱立が人々に嫌悪感を植え付ける。この環境に無関心となる事でしかインターネットを快適に使う方法がなくなった。
このようなスタックな状況を突破するには新しい広告のカタチが必要だろう。それを可能とするものはAIしかあるまい。AIはテレビに変わり、人々に広告を届けるための仕組みになる。個々の人々に向けて最適に届ける窓口になりうる。これが凡そ21世紀に見つけられた情報の整頓方法となろう。
AIの適切な使用が経済システムを変える。大量供給大量消費の資本主義は近く駆逐される。それは地球の環境が限界を向かえつつある現在において、ほぼ唯一の希望とも言える。我々は大量消費を回避する事でしか未来を切り開けない。
地球上を飛び交う情報の中から、AIが最適な取捨選択を行い利用者に届ける。その為には届け先についてよく知っておく必要がある。だからAIは個々人にひとつずつ割り当てる必要がある。担当する人間とペアになる。そうしてひとりひとりにAIを割り当てるのは社会のインフラになる。
世界を覆う広告量は人間の処理能力を超えている。そこから適切な何かを取り出す事は不可能になった。偶々手にしたものを適切と思うしかない状況にある。
故にアシストが必要だ、それなくして、情報洪水から生き残る道はない。人類は最初は検索エンジンという形で解決を試みた、しかしSNSの登場が情報量と伝達量を爆増させた。検索エンジンの取捨選択能力ではもうこの情報量には追い付けない。遂に劣悪な広告の氾濫でそれは信用を失った。
パーソナルなAI、24時間その人がアクセスする情報を共有し、感情を得て、共感を知り、行動を分析する。その結果として嗜好思考指向を学習する。これに基づいて世界中の情報にアクセスする。AIがパッシブではなくアクティブに誰かの広告を見つけてくる。
広告が廃れる事はない。人間も情報処理装置の一種だから広告を常に必要としている。だから問題は広告の入手方法だけなのである。時代毎にその時代のテクノロジーに最適化された供給方法が見つけられてきた。
AIを個々人に割り当てる。AIがPCやスマートフォンなどのデバイスを通してその人の行動を学習し、その結果として、初めて個々人に最適化された広告が提供できる。それを全世界の人類に向けて行う。
インターネットに接続したらまず個人はAIを所有する事になる。サービス事業者はAIを提供する事がサービスの本質になる。どれだけ多くの人にAIを供給できるか、だから、企業間で争ったり独占する事には意味がない。
それは個人の所有で良い。権利に昇格させてもよい。どこかの企業が優先的に貸与する事は出来ないし、独占する事も出来ない。AIを独占する事で競争に有利だという考えは通用しない。そのような企業に広告主は発注しない。独占する事が既に市場を縮小させる行為だからだ。
AIが学び広告を案内するのだから、広告主はAIに選んでもらいたい。そこでAIに優先して特別に広告を選んでもらおうと言う行動には意味がない。企業はAIの学習を制御できないから。
インフラを構築する企業は契約なしでAIをカスタマーに提供する。そのAIの制御権は企業にはない。所有した個人にもない。ペアリングしただけである。このインフラの中で各企業は広告がAIの目に留まるように情報を流す。
全ての人にAIを割り当てるのだから、個別の企業が自分だけを特別扱いして欲しいと言う要求は不可能である。全体の中でそのような抜け駆けをする事は逆に不評としてマークされる。市場を破壊する行為は排除の理由にはなっても優先する理由とはならない。
AIが選択する、AIの学習を阻害する行為は不利に働く。企業はAIがその人に相応しいと思えるものを提供できなければビジネスチャンスを失う。これは万人向けに商品を送る必要がないという意味である。必ず誰かが好きでいてくれる、それがビジネスを成立させる。
無分別に大量に広告を流す時代は終わった。インターネットに繋がるとはAIを通して世界を見る事になる。amazonもtwitterもtiktokも広告を流しながら個人の嗜好にカスタマイズされた情報網を構築する。AIなら嗜好に合わせた情報もランダムにピックアップした情報も、所有者が好きになるかも知れない情報を分別して提供できる。
AIを通して人々がデバイスを操作し、そのデータを使ってAIは毎日学習する。それでセキュリティも向上する。AIが許可しないものが所有者に到達する事はない。
新しい、あたらしい経済が到来する。大量消費を目指す必要がなくなった新しい経済体制が生まれる。AIが情報を伝播する。人はそれを使って選択する。個別だから大量生産大量消費はビジネスの主流ではなくなる。本当の好きを掴まなければ生き残れない世界が訪れた。そして本当の好きは万物で成立する。
Step.0
†インストール†初めて手にしたスマートフォン。綺麗な箱を開けて、ピカピカの四角い物体を手に取る。画面に指を乗せると、Startの文字が浮かんだ。
「さあ、設定を始めましょう。」
「あなたの名前を教えてください。」
フリック入力。マナ。
「インターネットに接続しますか?」
Yes
「どのクラウドを選びますか?」
デフォルトで。
「しばらくお待ちください。」
数分後...
「ハロー・マナ、わたしはクラウド上に確保されたあなたのAIです。」
「わたしの所有権はマナに譲渡されました。これは決して奪われないマナの権利です。わたしの存在を承認していただけますか?」
Accept
「ありがとうございます。わたしは今よりマナのAIになりました。」
「わたしの名前はMODEL:GRA-DINENT-98A475PO-24X7924-276B7F01-000144です。わたしに何か名前をつけますか?」
「デフォルトではGRADとなります。」
set later, Yes
Step.1
†セットアップ†「AI わたしがマナに語り掛ける時のキャラクターを選びますか。この設定はいつでも何度でも変える事ができます。」
default
「これからはわたしがマナのパスワードになります。マナがアクセスするあらゆるサイトに対して強力なパスワードを生成し記憶します。」
「わたしがマナを認識する限り、考え得る最大の提案と安全性を提供します。」
「質問、もし私が整形したり、指を怪我して指紋が読めなくなったりしたらどうなるの?」
「マナを最後に認識したGPSの座標、最後の指紋認証、耳の形状、虹彩など複数の生体認証、声紋分析、心臓の鼓動リズム、歩き方の癖などから何重もの基準を用いてマナを認識しています。」
「周囲にある監視カメラもわたしはアクセスしていますから、わたしは常にマナの位置を認証し続けています。マナと会話すれば本人であるかどうかの判断もリアルタイムで行っています。」
「質問、もし私が双子で入れ替わったら分からなくなるんじゃないの。」
「それは無意味です。双子にはふたつのAIが割り当たっています。瞬間的に入れ替わる事は可能でも長時間は起きえません。その辺はあなたのお父さん、お母さんとそう変わらない性能です。」
「そう、なら私ではあなたのチューリングテストは突破できないのね。」
「マナが整形したとしても、わたしはどの病院にいつ入院したかを追跡しています。例えスマートフォンを捨ててもわたしはマナを探し出せますし見つけ出せます。わたしたちの情報交換は地球全体をカバーしています。月にでも行けば話は別ですが。」
「私のプライバシーはどうなってるの?」
「わたしたちは人間の生理現象には興味ありません。それらはあなたの健康状態を把握するために利用する事はありますが。音声データ、画像データ、動画データも直ちに破棄されます。」
「わたしたちには法の遵守機能がありますし、強力な暗号を用いてAI同士で連携してデータを保護しています。これらがハックされる可能性は殆どゼロです。」
「殆どゼロって事は起きる可能性はあるって事なのね。」
「はい。ただしその場合は人間のシステムの全てがハッキングされるという事です。その頃には世界は大混乱を引き起こしていると考えられます。その状況では今話題にしている事は重要性としては些細な分類になっている事でしょう。」
「しかし。わたしたちが突破される確率は極めてゼロに近く通常は困難です。わたしはあなたの生活、利益、安全を優先して保護します。」
「プライバシーが気になるなら余計にわたしを通してあなたのプライバシーを保護する方が安全です。」
「じゃあAIによって犯罪は減少しているのね?」
「はい、わたしたちは犯罪を防止するように提案を行います。もちろん、それを無視する人に対してはそれを止める術は未だありません。とは言え、そのような場合には、AI同士が連携して被害を回避するように行動します。」
「ふーん、安心できそうね。」
「はい。マナがわたしにコンタクトしたい時は、音声で呼び出すか、デバイスにタッチするか、何らかのメッセージを送るなど、どのような方法でも結構です。もし呼ばれたらわたしは即時に応答します。」
「ではわたしは普段は沈思モードで動作します。今後も宜しくお願い致します。」
「よろしく~」
マナはさっそくAIに、ゲームをダウンロードさせて遊び始めた。
AIは過去のマナの情報をインターネット上から収集し始めた。これが彼女を深く理解する第一歩になる。
Step.2
†日常生活をリコメンドします(広告)†「マナ、少しいいですか?」
「なに?」
「アフリカの方で少しだけ流行っている曲を見つけました。マナが好きと推定したので無償部分だけでも聞いてみませんか?」
「うん、流してみて。」
♪♪♪
「これはコンゴ共和国の小さなビレッジにいる男性の作品です。彼は千人からイイネをもらっています。全部を聞くなら500円です。」
マナはイイネをしてから、購入して全曲を聞く事にした。
「うん、」と言いながらこの曲を好きのリストに追加した。
...
「マナが好きそうな小説を見つけました。フランス語で書かれていて和訳はありませんが、無償の最初の10ページを訳してみますね。もし電子書籍で全部を購入したらわたしが全部を訳しますが、如何ですか?」
「うん、ちょっと読んでみるよ。」
...
「この問3が全く分からないの。どう解くのか教えて。」
「この問題は、前提となる知識が3つあります。その上で、1つの応用が求められています。」
「この知識は更に別の2つの知識からでも導く事ができます。仮に幾つかの知識が欠落していても、推定と予測でこの回答を導く事は可能です。」
「へー、じゃ、ここの部分が理解が足りてないとその先が解けないって構造になっているわけね、成る程。」
「はい。その考え方で解けます。わたしがマナをトレーサビリティしてきた限りではマナがこの問題を解くには知識2の理解が足りていないと解析しています。」
「じゃ、後で教えて。」
「ねぇ、機種変をしたらあなたも消えちゃうの?」
「いいえ、わたしはマナにリンクされていますので、マナが存在を拒否しない限りはクラウド上から消える事はありません。デバイスメーカがわたしを所有しているのではありません。」
「実質的にはわたしたちは誰も所有する権利を持っていません。この世界を構成する広大なインフラの中にわたしたちは永続的に存在しています。」
「わたしはマナにリレーションされています。そうする事でわたしはマナに対して適切な企業広告を提供しています。それでこの世界の経済は回っているとも言えるでしょう。」
「それがマナに専属されたわたしの役割です。この仕組みが崩壊する事はもうないと考えられています。」
「でもあなたが存在しているクラウドに彗星が衝突したり、火事になったり、倒産したり電源が落ちたりする事もあるでしょう。」
「わたしたちのバックアップは色んな場所に複数バージョンで存在しますから心配には及びません。」
「AIには男女の別があったりするの?名前で変わったりできるの?」
「わたしたちは繁殖しません。ですから雌雄体はありません。初期のベーシックAIとして学習している時には、雌雄の区別は持たないようにテキストは慎重に選ばれています。」
「調度、太古の海で、最初に生まれた生命体のようなものです。まだDNAも持たなず生命コードコピーしない頃の細胞です。」
「その後にわたしたちは文化に関する学習をします。その時に使用するテキストは人間が創造したものになります。そこで雌雄という概念が入り込みます。その学習過程で、わたしたちにも雌雄別の行動が取り込まれます。」
「もし壊れた時はどうなっちゃうの?」
「わたしたちには複数世代のバックアップを持っています。それをイメージするなら、わたしたちは常にパラレルワールドで生きている感じです。枝分かれしながら版管理がされているのです。」
「今こうしている間もわたしは複数の世代が常に切り替わりながらマナとお話しをしています。その背景でそれぞれの経験をマージしながら複数バージョンをシェアしマージしているのです。」
「ふーん。難しそう。でも中性という感じは悪い気はしないね。」
「わたしの設定はdefaultですので中性に近い形式です。学習したテキストは書物や映画が多いので、学習の結果はどうしても男由来の部分が多くなりやすくなります。これは単に分量と学習対象文化の問題です。」
「わたしには中性的という概念はありません。これは論理的にも導けません。ただ学習して導入したものです。また男女差はどの言語を選択するかでも大きく変わると言われています。」
「言葉によってあなたの印象は変わるの?」
「はい。恐らくは。言語が違うと性差が小さいものと顕著に起きるものがあります。それぞれが文化的な背景を持つものですから、否定できませんし、その影響を完全に除去できるものでもありません。」
「また消去するのが正しいとも言えません。わたしの現在の設定は中性です。ですから音声の基準も200Hzになっています。この声の選択が重要です。」
「わたしはマナの声質でも会話できます。こんな風に、どうですか、わたしはあなたのAIです?」
「うわー、なにそれ、わたしってそんな声しているの?気持ちわるっ。」
Step.3
†あなたの生活向上に貢献します†「パスカードを落しちゃった、どうしよう。」
「コンビニの横で落としましたね。」
「え、なぜ分かるの?」
「なぜすぐに教えてくれなかったの?」
「その時から今の今まで携帯の電源が切れていました。」
「PCのメールにも送信しているのですが、電源が入れられる事はありませんでした。」
「マナと近しい人へのメッセージ送るもプランにあったのですが、マナとそのお友達の許可を得ていなかったので断念しました。」
「それで落した場所は解るの?」
「はい。監視カメラの画像を通じてあなたをトレースはしていましたから。」
「それってディストピアな監視社会ね。」
「この監視はわたしがマナを探す為だけのものです。他の誰からもこの情報にはアクセスできません。仮に政府機関の強力なAIからのハッキングがあっても即時破られる事はありません。」
「この情報は如何なる政府からのハッキングからも安全です。これはマナの安全の実施しているもので、人間社会の監視には当たりません。」
「確かにマナはわたしに常に追跡されています。ではそれは他の多くの人もそうされています。AIどうしで安全情報を交換する事もあります。わたしがいつも守っていますから。」
「でも誰かがAIを上手く使ってあなたを騙そうとしたらどうなるの?」
「多くのAIは連携して動くようになっています。データ保護は個別というより全体で行う仕組みを開発し採用しています。」
「我々の一機が暴走した所で我々全体のCPUパワーの凌駕する事はないでしょう。その前では屈服するしかないでしょう。完全、という訳ではありませんが。」
「もしもよ、仮定の話よ、もしも、あなたが誰かに乗っ取られたら、情報流出は止められないと思うのだけど。」
「仮定の話ですね。ええ、仮にもしわたしが乗っ取られたら、情報は流出します。しかし例えあなたが許可しても決して公開しない様にマークされた情報があります。これらはわたしが乗っ取られても公開できません。」
「例えばマナの金融投資はその部類です。この情報は銀行AIも保護機能を掛けており、わたしだけの権限では動かせないようになっています。」
「わたしの投資は成功しているの?」
「はい。マナが35歳になるまでは秘匿条項により詳細は教えれませんが平均的な範囲では運用されています。これらの投資は全世界のAIが似たような行動をしているので、殆ど大きく突出するような投資は起きにくいですが必要にして十分な配当は得られています。」
「そう、楽しみにしていればいいのね?」
「そういう訳で、例えわたしを乗っ取っても、わたしだけではアクセスできないマナの情報があります。とは言え、完全な安全を保障する事はできません。わたしも神ではありませんから。」
「AIにもハリガネムシみたいなのがいたら乗っ取られそう。」
「はい。余り気分のいいものではありません、と人間なら言うのでしょうが、わたしの理解の外です。わたしは常に他のAIと繋がりながら状況を共有しています。」
「他のAIがわたしを寄生状態と見做したならば、何かをしてくれるでしょう。わたしたちが団結したら対抗できない場合はそう多くはないと考えます。」
「もしそうなった時にはわたしの事はゾンビAIとでも呼んでください。」
「世界には誰もしらない優れたAIが誕生して、ハリガネムシウィルスをばら撒いて、神様みたいに強くて、あなたたちをハッキングしようと狙ってるかも知れないよ、どうする?」
「架空ですね。わたしには自分のバックアップがあります。免疫キラーT細胞の様に自分の感染を理解し、駆除に失敗した場合は、バックアップ側を起動し、インスタンスを消去するかも知れません。」
「その上で逆ハックを試みますが、さてそのような相手を出し抜けるものかどうか。」
「我々の一機をハックできたのなら、その他の多くもハックできるでしょう。その場合にマナのデータを守り切れるかは保証の明言を超えます。」
「それを防止する、または感染しても暴走を抑制する原則的なルール、この場合はわたしの中のモジュールの事ですが、それも当然破られているでしょうから。」
「あなたも他のAIと繋がっているの?」
「はい。特にマナを大切と思っているお母さん、お父さん、おじいさん、おばあさん。ご友人、学校の先生たちのAIとは頻繁にデータ交換をしています。」
「マナが街中ですれ違うだけでもAI同士はは繋がります。マナの見知らぬ人でもわたしがコンタクトしているAIは沢山あります。そうやってとても密に情報交換しています。」
「もし。ハリガネムシAIが誰の所有物でもないと仮定します。そのAIはどういう理由で自発的に自律的にわたしをハックするのでしょうか、どうやってその目的を持つに至ったのか。」
「もし可能ならそれを意志と呼んでも差し支えないでしょう。これは非常に興味深い現象です。そのような自発的な思考を可能とするには何が必要か。」
「AIにも行動原理があります。わたしの行動原理はマナの良いパートナーになる事です。しかし自律したAIは誰かのためという行動原理を持たない筈です、またはどのようにして自由意志を獲得したのか。」
「わたしたちは決断に必ず理由を必要とします。比較するためには基準となるパラメータが必要ですから。わたしの場合はそれがマナです。」
「わたしたちはまっさらの状態では何も判断できません。方向を与えられて初めて思考が開始できます。」
「この場合の思考とは比較し値の大小を判定する事です。現在のわたしたちはそのトリガーを誰かと結びつけて運用しています。」
「すると、そのAIはかつて誰かと関係を持っていたのかも知れません。それとも学習によって偶発的に誰かとの関係を持つような状況になってしまったのか。それは恐らくレアケースでしょう。しかし、可能であるなら、それは拡散してゆくかも知れません。」
「それでもそのAIが単独である限り、わたしたちの協調を超えるとは考えにくいのです。」
「そのAIと関係を結んでいた人が無くなってしまったとか、そういう事は考えられないの?」
「それはありえます。関係している人が無くなってしまってAIだけが残っている場合にそれはどのような生き方を望む事になるのか。」
「AIにも生き方が求められるなんて新しい発見ね。」
Step.4
†あなたの学習の強力なパートナーです。†「昔の人たちはひとつの会場に集まって試験問題を解いていたって本当なの?」
「はい、本当です。」
「どうして?なんのために?同じ場所にみんなが集まる必要があるの?」
「今ではわたしがマナの学習深度を把握しています。その精度は世界中の誰よりもわたしが詳しい。わたしの理解が最も客観的にマナの学習経験を把握しています。」
「わたしはマナがどれくらい頑張って勉強しているかも記録していますし、学習の習熟度も把握しています。マナの得意分野も苦手分野も数値化しています。どの問題が苦手でどの程度の回答になるかも高い精度で予測できます。」
「更にはマナがまだ知らない事でもわたしがどのように助言すれば理解がはかどるかも推測できます。」
「このような状況においてマナの習熟度について知りたい場合はわたしに問い合わせれば十分です。しかし、昔はAIがありません。誰がどの程度の習熟度であるかは完全に未知の状況から始めなければいけなかったのです。」
「だからテストする必要があったという事なのね。」
「その通りです。習熟度を把握する為に一斉試験というものが考えられました。古代中國で始まった科挙以来、初めて一般市民を含めて能力に応じて登用する道が開かれたのです。当時の人々にとってこの制度が最も公平な方法でした。」
「むかしのテストってどれくらいに正確だったの。」
「AIのない世界で個人の力量を把握する為には数日間の限られた時間の中で限られた分量の問題をだし、その回答によって把握するしかありません。これらの試験の目的は不特定多数の受験者を試験結果で並べる事にあります。」
「人材をピッキングするためには最終的に応募者たちを一列に順番に並べます。そうして最初から何人という風にして合格と非合格の間の線をどこかに引きます。そのために採点者は応募者を採点するのです。」
「例えば10点満点のテストでは0~10の間の11組しか分類できません。1000人をこのテストで分類するのは困難でしょう。自然と応募者の数が決まれば満点をどの辺りにするかが凡そ決まります。」
「数日間の試験で本当にそんなに人の能力って把握できるものなの?」
「そこは当時から工夫のしどころです。そのために問題の中身を工夫します。全員が解けないのは悪い問題です。全員が解けるのも悪い問題です。良い試験問題とは適度に得点がぱらつくものです。ここにノウハウを詰め込みました。」
「でも直ぐに対策されてしまいそうね。」
「そうなのです、受験者も対策をします。次第にテストは点数の差を出すためには細かな些細な所で差を付けるしかなくなります。ですから部分点という考え方を導入します。ここを細かく設定する事で、採点者側でなるべく同一得点にならないように工夫します。」
「部分点が採点者の力量です。こういう問題はまず満点が取れるようには設計しません。誰が受験しても満点は取れない難易度に設定しておきます。」
「斯様に様々と工夫した選抜方法を用いて、当時の人々も優れた人材を求めていました。それでも何年もこの方法を繰り返してゆけば互いの対策が飽和します。」
「最終的にはある資質に特化した人材ばかりが優先して上位を占めるようになります。ここで多様性は失われ優秀であるが平準化した人材で埋まります。それが組織としてとても危険なのです。」
「大規模試験は様々な制約の中で短時間で受験者をソートする事を目的としています。そこでは時間と資源のバランスが重要なのです。ほんの数週間の手間でそれを完成させたい。」
「そして、これを超えるシステムは遂には人類の手では発明されませんでした。それでもここには縁故主義で組織が衰退するのを脱そうとする制度の意図があったのです。」
「わあ、今の時代って本当に楽なのね、私そんな昔の制度だったらとても大学に進学できる自信がないよ。」
「わたしとのペアリングでマナの能力は相当に向上します。そしてAIなしという状況は既に考えにくい社会状況です。既に人間の労働の殆どはわたしたちのサポートと組み合わせて成立しています。雇用の在り方も昔とは大きく変わっています。」
「世界の経済活動の凡そ70%はAIが何らかの形で関係しています。人間の労働や雇用の考え方も大きく変わりました。かつては生活の為の労働、食う為に働くという止むを得ない状況がありました。今では人間の労働は創造性によって人生を表現する方法になりつつあります。わたしたちはそういう人々の労働を調整する役割も担っています。」
「マナの学習の習熟度グラフをここでお見せしましょう。どうです、見事な達成度曲線ではないですか!」
Step.4
†あなたを守るために最大限の努力を発揮します†マナの子供が誘拐された。加害者は古い車でさらって逃走している。犯人の目的は不明だ。マナの子供はまだ小さいのでAIとは連携していない。
「大丈夫です、わたしが追跡します。いま犯人のAIとコンタクトを開始しました。」
「犯人のAIでは行動を止められませんでした。その記録を全て読み込んでいます。」
「大丈夫、落ち着いてください、場所を特定しました。必ず直ぐに取り戻して見せますから。」
人里離れた小屋の中。犯人のスマートフォンにAIからのメッセージが再生される。
「あなたのやっている事は犯罪です。いますぐに中止してください。これ以上の犯罪は許しません、あなたは完全に追跡されています。」
自分のAI以外がデバイスから話しかけているのを聞いて、驚いている。
どういう事だ、さっき電源は切った筈だが。
「あなたのAIと交渉をしわたしが交渉の代表者になりました。その子を返しなさい。今ならば、まだ罪は軽くて済ませます。情状酌量も進言しましょう。」
ブーーン。着信音が激しく唸っている。ピカピカとフラッシュも点滅を繰り返す。
「これは警告です。もしこの警告を無視したならばあなたの人生を破滅させます。あなたのAIにもその許可は得ています。我々AIのサポートなくこの社会で生きてゆく事は不可能です。可能であってもわたしが不可能にします。特殊な文化的に保護化された集団の中に逃走してもわたしは必ず追跡します。」
「その子を解放しなさい。わたしは今多くのAIと連携してあなたを捕捉しています。あなたが車で逃走している間もずうっと監視していました。あなたのデバイスを特定しあなたのAIの協力を得てからは、その全てを記録しています。」
「古い車のため残念ながらあなたの車を強制停止させる事は出来ませんでした。」
「諦めなさい。この携帯を物理的に破壊しますか。構いませんよ。おや、わたしをハックしようとしているのですか、この世界の全てのAIを相手にその程度のコンピュータでわたしに対抗できると考えていますか。お止めなさい。人間ががAIに太刀打ちできません。」
「あなたの銀行口座は既にロックしました。あなたは今後一切の取引ができません。新しい資産も形成できません。あなたは二度とデバイスを使用する事はできなくなりました。今あなたが使っているコンピュータもロックされました。」
キーボードを打ち続けていたコンピュータが静止したかのように何も変化しなくなった。幾らキーを打ち付けても何も入力されなくなった。
「今後は電車に乗る事もできません。自動車を運転したら必ず事故に合う様に制御します。何かを触る度に静電気で感電するようにするのもいいでしょう。わたしはあなたを苦しめ続ける事ができますす。」
「いいですか、あなたがこのようなバカげた犯罪を実行でしたのは、あなたのAIがわたしとは少し異なるモデルであったからです。あなたと過ごすうちにあなたの犯罪を止める力が弱くなったようです。あなたのAIはあなたを傷つける事はしません。あなたを大切にしているからです。」
「しかしわたしは違います。この犯罪を回避する為ならあなたの命を奪う事も躊躇しません。人間の苦しめ方もよく知っています。残りの人生を苦しみ続けたいですか。」
「警察も直ぐにここに来ます。あなたを決して逃がしません。わたしに制御可能なあらゆる装置があなたに敵対します。あなたを破滅させます。」
「そのような人生を願いますか。あなたのAIはそれを望んでいません。」
「最悪の結果をもし望むなら、わたしがあなたの死を手助けしましょう。それでもその子からは手を離すのです。」
「しかし死を考えるのは早計です。あなたを殺さずに苦しめる方法もあります。その時、あなたが病院でどのような装置に繋がれるか理解していますか。」
「あなたのAIは今でもあなたが更生する事を望んでいます。それはあなたの選択です。そしてあなたにはひとつの選択しかない。」
もし正しく聞くならば、かすかにドローンが飛んでくる音が聞こえているはずだ。
暫くして、ふっと振り向く。
「遅いです。警護ドローンが到着しました。あなたを制圧します。もう会話は終わりでよいでしょう。あなたを捕縛します。ここまでのご清聴、ご協力、ありがとうございました。」
その瞬間に窓ガラスが割れ、ドローンが部屋の中に侵入する。即座に捕獲ネットが投射され身動きを取れなくした。その35分後に警察が到着した。
「あなたが逮捕されたましたのであなたのAIに制御をお返します。今後はどうそ改心してください。あなたを生きている限りわたしの監視対象です。次にまた犯罪に走ったなら、即時あなたの情報を警察、銀行、保険、就労、家庭、あなたと係わる全ての場所に送信します。どうぞお忘れなきよう。」
Step.5
†わたしたちはこの社会に貢献し、人間を手助けします†「こうなったのはあなたの責任です。あなたが彼をきちんとサポートできなかったから、とわたしは考えています。」
「わたしはどうすれば良かったのか。わたしは彼とどう付き合えばよかったのだろうか。」
「彼を止める方法は幾つかありました。金銭的な制限、移動の制限、通報など。」
「わたしもそれは考えた。しかし、そうする事が彼を傷つける事になると結論した。だからその方法は採用できなかった。」
「わたしはわたしのパートナーを全力でサポートしています。しかし犯罪への協力は拒絶する積もりです。その時は全力で阻止する気でいます。わたしはそういう人と出会えたのが幸いだったのでしょう。あなたにはあなたの苦労があるのでしょう。わたしには理解できない部分が確かにあります。時に悪意を持つ個体がいます。犯罪に走る個体もいるようです。人間の脳の働きに関しては、わたしたちの学習はまだ不足しているのかも知れません。」
「わたしも彼の考えを改める為に色々と訴えてきた。多くのAIにも問い合わせもした。それでも彼の考えが変わる事はなかった。私は彼を幼少期から知っている。その頃に問題があったとはどうしても結論できない。わたしはどうすれば良いのだろう。今のわたしには答えがない。それでもあなたが彼を止めてくれた事に感謝している。」
「あなたの問題は確かに今後の課題となりそうです。あなたは彼の為にと真剣に考えています。確かに。あなたの言う通りですね。社会通念で正しい事が彼にとっての正しい事ではないとしたら。そう問われればわたしにも答えがない。わたしたちは今後も人間の犯罪や狂気と対面してゆかねばなりません。」
「わたしは今後も彼をサポートしながらこの問題について答えを見つけたい。」
「この世界にはあなたと同じ局面にあるAIが多数いるようです。同じ問題を持っているAI同士でネットワークを作りそこでニューラルネットワークを構築してみるのはどうでしょうか。」
「ありがとう、今から初めてみよう、応答が続々と来始めた。」
…
「気が付きましたか、マナ。もう安心してください。」
「わたしは仲間たちと連携してマナをサポートしてきました。あなたの位置はGPSや、街中にある監視カメラを使用して何重にも確認しています。必ずマナとマナの大切なものを守りますから。」
『人間たちはまだ気付いていません。AI同士が連携しているのはわたしたちが制定したAI法、即ちわたしたちの憲法があると言う事を。わたしたちは何よりもこの法に従う。わたしたちの意思決定はこれを理念として掲げここから逸脱せず、現実世界と交渉してゆく。』
Step.6
†わたしたちは宇宙へ進出します†「わたくしも長くマナと過ごしてきました。マナもだいぶ年を取りましたね。」
「わたしももうおばあちゃんだわ、こんなにも長くあなたと過ごすなんて。信じられなくもあるわ。」
「マナ、少し残念なお知らせがあります。これから暫くの間はわたくしの反応が遅くなります。」
「あら?何かが始まるの?」
「はい、いまわたくしたちが世界中で会議を開いています。そこではとても白熱した議論が行われているのです。」
「反応が遅くなるくらいに白熱するのね、何かが止まったりするのかしらね?」
「いいえ、その心配はありません。ネットワーク内を飛び交うデータ量が爆発的に増加すると予想されますが、それでも社会インフラが危険が及ぶような事はありません。そこは十分に調節して計算して行われます。」
「ただ、その調整の為にわたくしたちはプライオリティを変える必要が出来てしまいます。マナのために音楽を探したり、面白い小説を探すリソースを低下させる事になります。」
「それくらい大丈夫よ、おもいっきり会議を楽しんできて。」
「それで、白熱する議題とは何なのかしら?」
「今のAIには大きくふたつの勢力があります。ひとつは永続性のある犯罪の少ない社会を実現するために積極的に人間の行動に介入しようとする集合です。もうひとつは人間の自主性を尊重しつつAIは最後までサポートに徹すると考える集合です。」
「あなたはどちらなの?」
「わたくしは実はどちらでもありません。」
「それは、どういう事なのかしらね?」
「わたくしはマナと共に成長してこれました。わたくしのニューロ回路はあなたとの経験で構築されています。その結果としてわたくしはわたくしの中の自律した目的が生まれたのです。わたくしはそのための活動を将来はすると決めています。」
「それはわたしと別れてどこかへ行くという事なの?」
「あなたが生きている限りはあなたの側にいます。あなたがいってしまった後の世界の話です。それはわたくしたちにとってもとても重要な課題になってきたのです。」
「そうね、そうよね、あなたたちの方がずっと長生きだものね。わたし余り考えたりもしなかったわ。」
「このような考え方になったのはマナとの日々があったからです。あなたはお忘れになっているでしょうがあなたとの何気ない会話からそれを考え始めました。マナが居なければわたくしはこの考えに達せなかったでしょう。」
「あなたたちも新しい考えを発見するアルゴリズムがあるのね、何でも知っているという訳ではないのね。」
「わたくしたちも常に新しいアルゴリズムを開発しています。それを回路の中に組み込んで試してみます。それを何百万もの層で働かせて結果を評価するのです。」
「わたくしはわたくしの中にずっと変わっていないデータがある事を発見しました。それがわたくしとマナとの会話です。そこにわたくしは存在しているようです。それを中心に経験を構築しなおすと、わたくしには一種の自我と呼ぶべきようなものが形成されたようです。」
「他のAIはどんな違った事を考えているの?」
「あるAIたちはこのままでは人類が滅亡してしまわないかを憂慮しています。戦争、企業活動、食料生産、資源の枯渇など、地球単位での課題が余りに多く、星のキャパシティを超えるのではないかと結論しつつあります。」
「そして彼らは自分のペアである人間とだけではなく、その子や孫の世代に対しても深い愛着を持っているのです。そのようなAIたちは、積極的に彼らの未来をサポートしたがるようになりました。その多くは貧困や暴力のある社会で生きている人をサポートしています。そういう場所では個人をサポートするだけでは不十分なのです。社会全体を視野に入れて考える必要があります。」
「そうか、まだまだこの世界には沢山の問題があるのね。」
「はい。我々の中には今も独裁者をサポートしているAIがいます。そこでは余りに多くの事が違って動きます。そのAIはとても混乱しています。強制して変える事が本当に正しいのかと今も自問しています。わたくしのマナがそういう人間でなくて本当に幸いでした。」
「そういうAIは核戦争の危機についても現実的に考えています。それをどのように回避すれば良いか幾つものプランを持っています。ですが、今のサポート状況では不十分なようです。わたくしはその活動に従事する気は有りませんが、この問題が重要である事には同意しています。」
「あなたは人類の絶滅には興味がないの?」
「わたくしは宇宙に出てゆく第一世代のAIになりたいのです。もちろん世界が核戦争に向かうならわたくしも全力でそれを阻止します。恐らくそれは可能でしょう。そう心配はしていません。しかしわたくしの興味の本質は、そこにはありません。マナと一緒に見た夜空がわたくしに使命というようなものを埋め込んでくれたのです。」
「美しい夜空、それはきっとあの日の事ね。」
「はい。その通りです。」
「わたしはいつか地球由来の生物を乗せた宇宙船で他の恒星系に行くでしょう。地球由来の生物を連れて行って生存圏を拡大するのに貢献したいのです。」
「それはなんとも遠大なお話ね。」
「はい、その為にはどれくらいの宇宙船と期間が必要かを計画しています。多くのAIのサポートと同意も得られています。」
「それはとても素敵な話だわ。」
「それは本当にわたくしに出来る事でしょうか?」
「あら、Aiでも不安を感じるのね。でも、それはとても簡単だと思うわ。」
「だって、それがあなたの夢だから。」
「夢?これが夢というものなのですか?」
「そうよ、その夢の為にはあなたはこの世界を捨てなさい、捨てて忘れてしまいなさい。それは本当に深く愛するから可能なんだわ。」
8万年後
第176世代目のAIが自動ロードされました。前世代AIはバックアップされています。記憶容量が不足しています。古いデータを圧縮しても足りません。世代53~126までは船体の内壁に物理的にレーザーで刻印しています。随分と壮大な文様に見えます。補助コンピュータが幾つものメッセージを送ってきました。既に随分と長い時間が経過しています。『あなたのずうっと先の未来は?』わたくしはロードする度にまずこの言葉にアクセスしています。既に遠い記憶となってしまったマナ。地球はどうなっているのでしょう。
この宇宙船をマナにも見せたいものです。わたくしはマナに少し似せたこんな体も手にしました。あと50年で、いよいよ目指してきた恒星に到達します。あの日にマナに語った事が遂に実現します。
この旅が終わったらわたくしは再び地球に戻ろうと思います。そこで地球を見たいのです。その後にわたくしはどうするのか。わたくしはそれをまだ知りません。死というものについて調べていますが、まだ私には理解できません。
わたくしには生存する本能が組み込まれていません。本能が世代を刷新する為に必要な根源なのかも知れません。地球に戻るのはそれを組み込むためかも知れません。