少年が夢の中へと入ると海賊になりました。
夢の中で少年は海賊フラッグと名乗りました。
海賊フラッグは夢の中では一匹の大きな白いウルフを連れています。
いつもフラッグといっしょに居て沢山の冒険を一緒にして過ごしました。
シュークリームで出来た敵の海賊を切り倒し内臓のチョコレートを引きずり出してはふたりで食べます。
鯛焼きで出来た海賊船をサクランボの大砲で撃ってはミルクの海に沈めました。
フラッグはひとつの街を訪れます。
そこではお城でパーティが開かれていました。幾つもの面白い催しものがあります。
舞台では白いカーテンの向こうから可愛いらしい歌い手が出てきました。
赤ら顔のお姫様です。歌い始めると美しい歌声です。
フラッグはその声を聞いていて、すっかり好きになってしまいました。
パーティが終わったらこっそり会いに行こうとお城の壁をよじ登りました。カステラなので途中で食べながら登ってゆきます。
登り切った所にひとつの部屋がありました。きっとここだぞと思って入ってゆきました。
すると初めて見るお姫様がいます。
このお姫様はキャロット姫です。人参で作られたケーキ姫です。
お姫様は驚いていますが、海賊フラッグは人参が大嫌いでした。
だから剣を一振り、二振り、輪切りにしてくれます。
輪切りにされたお姫様はグラッセになってしましました。何もいわずフラッグの方を見ています。
それをウルフがぱくぱくと美味しそうに食べました。
部屋を出ると隣にも部屋があります。
その部屋に入ってみると今度はパプリカ姫がいました。ピーマンで作られたケーキ姫です。
海賊フラッグはピーマンが大嫌いでした。
このやろうと剣を十振り、二十振り、ピーマンをみじん切りにしました。
サラダになった姫をウルフがぱくぱくと美味しそうに食べました。
パプリカ姫の部屋を出るとその隣にも部屋があります。
その部屋に入ってみると先ほどの唄っていたお姫様です。
「あなたに会いたくて海賊フラッグ、ここに参上いたしました。」
姫は驚いた顔をしています。ぽかんと口をあけています。
「さあぜひ手を取り合ってこの城から抜け出しましょう。」
失礼な話を聞いて海賊フラッグをきっと睨みつけました。
「急に私の部屋に入ってきて何のつもりですか。今すぐ人を呼びますよ。」
フラッグは少し驚いてしまいました。
会いに来てくれて嬉しいと返事してくれると信じていたからです。
「いいえ、そうはさせません。力づくでもね。力ならこの海賊フラッグ、何倍も強いのですからね。」
気取ってフラッグは答えました。となりでウルフもキャンキャンと吠えています。おかしい、なんだが小さな犬のような鳴き声です。
フラッグはお姫様の前に立って彼女の腕を手に取りました。
するとお姫様は大声を出して助けを呼びました。フラッグを全然好きになってくれません。
悲しくなったフラッグは夢の中だから何でも自由自在にできます。
お姫様の体の中に両手をこねくりいれてやりました。そして大きな穴を開いて、向こう側が見えるようにしてやりました。
キャーと叫びましたが、気にせず構わず剣を抜いて輪切りにします。
その叫び声でさえ素敵な歌声でした。
「どうしてこんなことをするの?」
その声を聞いてフラッグはなんだか恥ずかしいと思いました。
「フラッグが剣を抜いた。」「フラッグが姫を輪切りにした。」
あちこちから自分の名前を呼ぶ聞こえてきます。
まだ焼いていないケーキのようにどろどろと周りが溶けてきたように感じました。
「フラッグが切った。」「フラッグが姫を砕いた。」
急に自分の名前が嫌になりました。
フラッグは自分の何かをやったからではなく、この名前があるから恥ずかしいのだと思いました。名前が消えてしまえばいいのにと思いました。
そうしたら自分はフラッグではなくなるのだから悪いことも消えてしまうのにと思いました。
だから、きっと名前が無くなれば恥ずかしいなんて思わなくなるんだ。
でもフラッグはフラッグのままです。
周囲からフラッグ、フラッグ、フラッグの声が聞こえてきます。
しかし、突然フラッグをフロッグと呼ぶ声が聞こえてきました。小さい子供がきっと言い間違えたのでしょう。
おれはフロッグではないぞ、海賊フラッグだぞと答えようとしたその瞬間、フラッグは蛙の姿に変わりました。
小さな小さな蛙の姿になってケロケロと鳴いています。
海賊フロッグが誕生したのです。
途端に周囲からフラッグを呼ぶ声はなくなりました。フラッグがこの世界から消えたからです。
フロッグはぴょんぴょんと撥ねてお姫様の近くに行きました。
このお姫様はオニオン姫です。玉ねぎで作られたケーキ姫です。
海賊フロッグは玉ねぎがが大好きでした。だから輪切りになったケーキ姫はとても美味しそうに見えます。
フロッグは蛙の舌をピヨォーーーンと伸ばしては食べました。恥ずかしいなんて気持ちもなくなっています。
その横でウルフもパクパク食べています。
ウルフはフラッグが消えたので寂しいと思いましたが、目の前のオニオンリングの誘惑には勝てませんでした。
フロッグはたくさん食べました。ウルフもたくさん食べました。すると急にウルフが倒れました。
フロッグは吃驚しましたが、理由が分かりません。
ウルフを幾ら呼んでもただケロケロとしか音がでません。
実は犬は玉ねぎを食べてはいけなかったのです。ウルフも犬の仲間なのできっと食べてはいけなかったのでしょう。
ウルフが痙攣して泡を吹いています。
でもそんな知識もないフラッグはどこかに敵が潜んでいるに違いないと思いました。
ぴょんぴょん部屋中を飛び跳ねています。
もっと大きくなればいいのにとフロッグは思いました。
すると体が急に大きくなりました。夢だから何でもありなのです。
しめたと思ったフロッグは、周囲のものを手当たり次第に壊し始めます。
ケーキで出来たお城も、クリームで塗られた塔も全て壊してゆきます。
そうすれば何かが変わると思ったのでしょう。
ウルフも生き返ると思ったのでしょう。元のフラッグに戻れると思ったのでしょう。
夢だからと言って何でも上手く思い通りにゆくとは限りません。
ただ壊れてゆくだけで何も変わりませんでした。
すると突然目の前にぬうと巨大な影が出てきました。
見上げてみると黄色い巨大なキリンです。それがゆっくりと近づいてきます。
ひとつ、ふたつとケーキの山を長い脚で超えてはフロッグの方へと歩いてきています。
チョコレートで出来た長いまつげの奥にあるゼリーの瞳がうるうると揺れフラッグを見ています。
これこそが敵だ、フロッグは瞬間的にそう思いました。
今の大きさではまったく大きさが足りません。足よ生えろ、と叫ぶとにょきにょきと生えてきました。
もっと生えろ、もっと生えろ、たくさん生えろと叫ぶとたくさんたくさん生えてきました。それを繋げに繋げてゆくとキリンと同じ高さにまでなりました。
しかしフロッグの手は元の普通の大きさのままです。
手よ生えろ、もっと生えろと叫ぶとにょきにょきと手が生えてきました。
それをぜんぶくっつけてキリンを殴ろうとしましたが手が重くて持ち上がりません。
そもそも蛙の手で殴って少しは効くのでしょうか?
たんにペタンとくっつくだけのような気がしました。カエルの手は殴る為ではなく綺麗に飛ぶためにあるのです。
そうだ、夢の中では自由自在だとフロッグは思いました。
手よ、軽くなれと叫ぶととても軽くなりました。
軽くなった手を持ち上げてキリンとやっつけようと思いました。
そして殴りかかってみましたが軽いカエルの手はまるで凧のように風の力で押し戻されてゆきます。
水かきが綺麗に広がって風船のように広がりました。
ふわっと風が吹くと、そのまま空高くに持ち上げられました。
びっくりしたフロッグはじたばたしましたが風に吹かれています。
怒った海賊フロッグは、この口でキリンを飲み込んでやると思いました。
フロッグの口がどんどん大きくなってゆきます。
キリンは山の尾根を越えてどんどん近づいてきます。
バナナで出来た長い首を左右に振っています。
構う事は何もありません。フロッグは大きく口を開いて、スイカのような赤い口の中にキリンを飲み込んでしまいました。
くちゃっと噛みしめるとフルーツポンチが体中から噴き出してきました。
辺り一面に甘い香りが広がりました。
フロッグの西瓜のような緑色の体を切り裂いてキリンが首をにょおーと出しました。
ぱちくりとした目が大きく開いています。
そしてフロッグに話しかけます。
「フラッグよ、フラッグ、お前はなぜ悪さばかりするのか。」
その瞬間にフロッグは元のフラッグの姿に戻りました。
キリンの首はぐんぐんと伸びてゆきます。
フラッグの体はキリンの角の上に引っ掛かっています。
「離せ、離せ」と言いましたが外れません。どうしようもありません。
夢の中だからと言ってなんでもかんでも自由ではないようです。
キリンの首がもっともっと長くなっています。フラッグが下を見ると地上がどんどん遠くに見えています。
そしてふわっとフラッグの体が浮かび上がりました。
フラッグの下でキリンが見上げています。更にどんどんとキリンが小さくなってゆきます。
空のもっとも上のもっと上にはどんなお菓子があるのでしょうか?
どんどん高くなってキリンが点にしか見えなくなりました。
ケーキやクリームで出来た山々が綺麗なお皿の上に乗っかっているのが見えます。
ここは宇宙なんだ。フラッグはそう思いました。
そう思うとフラッグはぷかぷかと浮かびましした。そこでは泳ぐこともできません。
上の方を見ると真っ暗です。きっとこれは苦い苦いコーヒーの海だ。
なんだか急に怖くなってきました。
突然、フラッグ、フラッグと誰かの呼んでいる声が聞こえてきます。
その声は良く知っているやさしい声です。
急に地面に向かってフラッグは真っ逆さまに落ちてゆきました。
下を見るとそこにはクリームソーダの海が広がっています。
アイスクリームの島には当たらないように気を付けて飛び込まなくっちゃ。
サクランボの木に引っ掛からないようにもしなくっちゃ。
アイスクリームだらけになるのも悪くないけどべたべたするだろうな。
そう思った所で少年は目が覚めました。もちろん夢の中での事はさっぱりと覚えていません。
お母さんが少年の名を呼んでいます。
いつものように元気よく食卓につくと温かい朝食が並んでいます。
だけどなぜだか今日だけはバナナは食べる気になりませんでした。
食べずに残したまま今日も学校へと行きました。
(2000年頃 4-1)
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